静岡県浜松市天竜区水窪町奥領家
浜松市中心部から車で2時間ほど山奥
長野県との県境にある神社に行ってきました。
磐田市のゆるキャラ「しっぺい」のモデルになった
悉平太郎のお墓があると聞いたからです。
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-055906100s1497361561.jpg)
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-023732600s1497361658.jpg)
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-048839100s1497361660.jpg)
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-004899500s1497361599.jpg)
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-024671200s1497361601.jpg)
![](https://img01.hamazo.tv/usr/s/u/n/sunputeppou/sp-034499600s1497361706.jpg)
今回はゆるキャラの由来の歴史について書いていきます。
悉平太郎伝説
この説話は、各地で語られているものであるが、その内容は類型的である。
また、早太郎の名は、伝わる地方により異なり、遠江国では悉平太郎(しっぺいたろう)という。
駒ヶ根でも、疾風太郎(しっぷうたろう)という別名が伝わっている。
昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われていた。
その頃、遠江の見附村では、毎年田畑が荒らされ、
その被害に困った村人は矢奈比売神社の祭りの夜に村の娘を人身御供として神様に差出し、
これを鎮めていた。
延慶元年(1308年)8月、この地を旅の僧侶が通りかかり、
神様がそんな悪いことをするはずがないと祭りの夜にその正体を確かめると、
現れた怪物が「信州の早太郎おるまいな、早太郎には知られるな」と言いながら娘をさらっていった。
僧侶は、早速信濃へ行き、光前寺で早太郎を探し出し和尚から借受けた。
そして次の祭りの日、早太郎は娘の身代わりとなって怪物(老ヒヒ)と戦い、見事退治した。
戦いで深い傷を負った早太郎は、
光前寺までたどり着くと和尚にひと吠えして息をひきとったと言われている。
早太郎を借り受けた僧侶は、早太郎の供養のために大般若経を光前寺に奉納した。
これは寺宝として経蔵に保管されている。
また、本堂の横に早太郎の墓がまつられている。
この話は「猿神退治」として、まんが日本昔ばなしの昭和51年7月31日放送分でアニメ化されている。
遠江国見附村は、現在の静岡県磐田市見付である。
この話が縁となり、 1967年(昭和42年)1月12日から駒ヶ根市と磐田市は友好都市関係となっている。
狒狒と戦い傷ついた悉平太郎は光前寺まで辿り着いたとも、
途中の青崩れ峠を越えられず力尽きたとも言われています。
足神神社のすぐそばには悉平太郎のお墓がありました。
かわいいゆるキャラも由来はなかなか深いですね。
みなさんは地元のゆるキャラの由来を知っていますか。
調べてみると愛着がわくかもしれませんね。
では、また次回‼
0 件のコメント:
コメントを投稿